2014年3月19日水曜日

汐見橋のレトロ案内図

 難波の西隣、桜川の街にひっそりと佇む南海汐見橋駅
かつては南海高野線のターミナルとして機能した駅ですが、
今でも駅舎に入るとその名残を見ることが出来ます。

改札口上部に掲示された「南海沿線観光案内図」と称された古びた案内図もその一つです。

図の右下には「この案内図は昭和30年代のものです。」と注意書きが
現在の旅客案内上問題のある図ですが、一方で汐見橋駅がターミナルとして機能していた時代の南海沿線の様子を今に伝える貴重な案内図とも言えるのです。

赤線南海赤い細線が南海系列の和歌山電気軌道
赤と灰色の点線が南海が乗り入れる国鉄線を示しています。

和歌山市周辺で現在との相違点を上げると、まず目が行くのは和歌山市内の路面電車(和歌山電気軌道)の存在と南海紀勢本線乗り入れでしょう。
特に今の和歌山駅が当時「東和歌山」を名乗っていた時代で、
その代わり現在の紀勢本線紀和駅「和歌山」を名乗っており、さらに和歌山線の列車が阪和線紀伊中ノ島駅を経由して直接和歌山市駅に乗り入れる路線構造になっています。

 大阪周辺に目を移すと細い赤線南海軌道線(現在の阪堺電軌)の路線の中に1980年(昭和55年)に廃止された平野線やこちらも今は無き南海天王寺支線も書き込まれています。
あと高野線沿線にはあの「さやま遊園」の文字も読み取れます。

 南海が徳島への航路を持っている関係で四国や淡路島方面も記載されています。
1966年(昭和41年)まで営業されていた淡路交通の鉄道線もしっかり記載されています。

 当時、南海国鉄紀勢線乗り入れ列車を新宮まで走らせていたため南紀まで詳細に描かれています。主な観光施設等に変化はありませんが、南海が紀伊半島の南端まで走っていた証を今も見ることが出来ます。

 ここで改めて案内図全体を見てみるとご覧のとおり、残念ながら中央部分に経年劣化で大穴があいてしまっています。

こちらは2006年に撮影した案内図。
比べてみると丁度和歌山電鐵貴志川線の辺りが破れているようです。

今回撮影している際、新たに羽衣付近に裂け目を見つけてしまいました。
貴重な案内図なだけに今後の保存状態が大変心配されます。