2011年9月28日水曜日

紀勢線、復旧をめざして

9月26日、台風12号により運休していた紀勢本線の紀伊勝浦~串本間が運転を再開しました。これにより、不通区間は熊野市~串本間の64.2kmから熊野市~紀伊勝浦間の37.5kmになりグッと縮まりました。
しかし、残る不通区間はまだしばらく時間がかかると聞き、休暇を利用して9月26日・27日再び沿線を訪れてみました。

 熊野市駅南側を流れる井戸川では橋梁の橋脚が流失してしまい、完全に線路が寸断されてしまっています。

 現場では瓦礫や流木の撤去も終わり、橋脚の再設置に向けて準備が着々と進めれています。

 川の一部を埋め立て土嚢で囲み次々と鋼材を打ち込んでいきます。
一方、橋梁の近くの踏切では川の氾濫でなぎ倒された標識類がそのままになっていました。

川の向こうにある熊野市駅で折り返す名古屋行きの特急南紀。
一刻でも早い復旧が待たれます。

 27日の朝は新宮駅に行ってみました。新宮へ通学する高校生で満員になった列車代行バスが次々とやってきました。

 この日は三重交通と共に熊野交通の車両も代行バスとして使用されていました。朝8時前後に紀伊勝浦方面から新宮に到着する便では熊野交通のバスが6台も動員されており、大量の通学生をバスでギリギリさばいている印象を受けました。

こちらは紀勢本線とは関係ありませんが、御坊南海バスから派遣された車両が新宮市のボランティア移動バスとして活躍していました。

 新宮駅の電留線では車両の大きな変化は依然ありませんでした。

 新宮駅構内にある一部のポイントでは転轍機が新品に交換されていました。

最後に鵜殿駅を訪れ、台風以来留め置かれているDD51 875を見てきました。
このDD51、本来は鵜殿から愛知の稲沢へ紀州製紙が生産する製品を積んだ貨物列車を牽引していました。
幸い紀州製紙は大きな被害を免れ操業を再開していますが、このDD51は熊野市の橋梁が復旧するまでは当分動くことが出来そうにありません。
報道によると熊野市~新宮間の復旧は10月中旬を目標に作業が行われているとのことです。

※この記事の主な情報は全て9月27日時点のものです

2011年9月14日水曜日

きのくに線、白浜折り返し

9月13日、再び紀伊半島を訪れました。今回は白浜での観光も兼ねて行ったので白浜駅の様子を紹介します。

改札の発車案内ではオーシャンアローは「運転休止」、他の串本方面への列車は「当駅止」と案内されています。
駅の入り口には紀伊田辺~白浜間の普通列車や代行バスの案内が掲示されています。

白浜駅0番のりばに留置されるパノラマグリーン車を組み込んだ381系

通常ダイヤでは白浜止まりの「スーパーくろしお」は夜の最終便のみですが、紀勢線は白浜以遠が依然として不通のため全列車が白浜折り返しになっています。


3番のりばと白浜駅串本寄りの留置線にも381系が止っていました。3番のりばに止っていた381系はこの後、特急くろしお18号新大阪行きとなり出発していきました。

白浜駅に行ったついでに駅前に止っていた明光バスも撮影。

普段、近鉄沿線に住んでるので近鉄バスカラーの車両にめちゃくちゃ親近感が沸きます。

最後に日没直前の新宮駅の電留線。訪れた日は台風から10日以上経っていましたが、まだ主立った車両の移動などは行われていませんでした。

※この記事の写真と主な情報は全て9月13日時点のものです

2011年9月8日木曜日

紀勢線、台風からの立ち上がり

報道でも連日伝えられていますが、台風12号により紀伊半島各地が未曾有の被害を受けてしまいました。
私の実家がある伊勢でも宮川が氾濫警戒水位を超えて市街地に避難指示が出るというここ20年で最も危険な状態に瀕しました。幸い被害が出ませんでしたが、紀伊半島南部は残念ながら大規模な被害が発生してしまいました。
私は紀勢本線沿線がどのようなっているのかこの目で確かめようと思い、9月7日(水曜日)にクルマで伊勢から和歌山方面に向かって紀勢線沿線の現状を見て回ってきました。

紀伊長島駅にて、特急南紀1号が入線

この列車が台風後、最初の南紀で、この日は尾鷲~新宮間が不通だったため多気からの全列車が尾鷲行きとして運転されました。

国道42号で尾鷲駅に移動。
先ほど紀伊長島で撮影した南紀の隣りに後から回送でキハ48が入線してきました。

11時13分頃、尾鷲を熊野市方面に向かってキハ48が回送列車として出発。
恐らく線路の復旧を確認するための試運転列車だと思われます。

さらに熊野市駅にやって来ました。熊野市駅付近は浸水被害があったらしく、踏切には洪水で運ばれた泥が乾燥して出来た砂が積もっており、線路には流されてきた小枝や草などが残っています。また、駅の裏では家財道具を干す方の姿が見られました。

尾鷲駅で出発を見届けたキハ48の回送が熊野市駅に入っていました。

キハ48が熊野市駅に留置されていたキハ11と連結して入換作業を行い、構内線路の錆取りと信号や踏切設備の動作確認を行っていました。

一方、熊野市以南は復旧に時間がかかるためか、熊野市駅の新宮方の出発信号機には白い×の札が掲げられていました。

クルマを進めて熊野大橋からの熊野川の眺め。水かさは元に戻っている様に見えますが、水は濁っており橋の欄干にはまだ流木が突き刺さったままになっています。

新宮駅裏から電留線の様子を撮影。既にテレビニュースの映像で話題になっていますが、ここでキヤ95(ドクター東海)や283系(オーシャンアロー)などが一時浸水する被害が出ました。

新宮発着の列車は9月2日(金曜日)から運休が出始めていたため、訪れた時点で5日間写真のままの状態の車両もあると思われます。普段、列車が整備で往復する洗浄機や給油場所に繋がる線路もレールが錆びてしまっています。

外から見たところ水害による床下への汚れはさほどない様に思われます。あとは浸水の影響が中の機器にどこまで及んでいるかが気になるところです。

またこの駅から東西に列車が出て行く日が待たれるところです。

新宮駅裏手の駐車場に京都の陸上自衛隊大久保駐屯地から派遣された73式大型トラックが駐まっていました。熊野市から串本町にかけての国道42号線ではこうした自衛隊の支援車両と多数すれ違いました。

串本駅前に駐まっていたJR西日本がチャーターした列車代行バス。
三重交通系の車両で運転されています。

この度、台風の直後に紀伊半島を巡ってみましたが、9月7日の時点で代行バスによる紀勢線の輸送が確保され、翌日(8日)には尾鷲~熊野市間が復旧しました。沿線の町も断水や電話の不通が次第に解消に向かい、元の平静さを取り戻すべく懸命の復旧作業が続いています。
今回の台風被害で犠牲になられた方のご冥福をお祈りすると共に、沿線の各町が復興し紀伊半島にまた大勢の観光客が訪れることを切に願ってやみません。
※この記事の写真と主な情報は2011年9月7日時点のものです